子どものためのママ友はいらない ~「よい親よりも大切なこと」という本のご紹介~

孫育てに奮闘中の仕事仲間から、こんな話を聞きました。

娘が、「私は、もうママ友をつくろうと思わないことにした」と言うんです。
親としては少し心配だけれど、それでいいのかなとも思う。

すばらしい!
友達は、いつから「つくる」ものになってしまったのでしょう。
本来は、気の合う人に偶然出会ったときに自然発生的に「できる」ものなのに・・・

そんなことを思いながら、以前読んだ素敵な本を思い出しました。

「よい親よりも大切なこと」 小竹めぐみ 小笠原舞 著 新潮社

子どものために“しなくていいこと”こんなにあった! というキャッチフレーズにひかれて、思わず手に取りました。

生活リズムに縛られない
子どもを100%愛そうとしなくていい

などなど、目次を読んでいるだけでホッとする話が満載
「子どものためのママ友はいらない」も、その項目の一つです。

豊富な保育の実体験と、数多くの親御さんの本音に耳を傾けてきた著者の言葉だけに、とても説得力があります。

大好きな1冊です。

2018.5.10

「言うことを聞かせる」しつけは、いらない ~イヤイヤ期の記事が招いた誤解を解くために~

前のコラムに書いた新聞記事がヤフーニュースに載ったために、多くの親御さんに不快な思いをさせてしまったようです。書き込まれた多数のコメントを読んで、胸が詰まりました。

記事は、取材されたときに私が伝えたことと真逆の印象を与える内容になっていて、記者さんには「こういうことを言うから親が追い詰められてしまう」と、記事を読んだ日にメールしました。

私が話したことは一つも記事にならず、話さなかったことが書かれています。

たとえば記事には、私が子どもを叱る親に対して「胸を痛めていた」とありますが、そうではなくて、子どもを理不尽に叱ってしまう自分を責めてつらくなっている親御さんにラクになってほしいとの思いを繰り返し話したのです。

私の名前を出すのなら、事前に内容をチェックさせてほしかった。

 

改めて、私が伝えたかったことを整理して書きます。

認知症の方の「徘徊」と言われる行動は、ご本人の中では目的を持った外出なので「説得して止めるより、安心して歩ける環境を作る」のが本来の支援。

徘徊という呼び方を変えることは、そうした支援の方向を変えるきっかけになる

「頭ごなしにダメと言わず、こんな言い方で説得しましょう」というアドバイスは、家族を追い詰めるだけです。
穏やかに説明しても、いくら言っても説得に応じないからイライラして、怒鳴ってしまう。
相手を傷つけてしまう自分を責める痛みに耐えかねて、虐待に至ってしまうこともある。

イヤイヤ期も、子どもにとっては「自分で決めたい・自分でしたい」という意思表示なので、「大人が決めて、言うことを聞かせるより、子どもがしたいと思ったことをさせてあげられる環境を作る」ほうがいい。

「イヤイヤ期という呼び方を変えたら」という提案は、記事にある「前向きにとらえる」ためではなく、
そうした支援の方向性を変えるきっかけになるのではないかということです

「どうやってやめさせるか」ではなく、「どうしたら、したいことをさせてあげられるか」を考えてほしい。

私が繰り返し話したり、書いたりしてきたことです。

「頭ごなしにダメと言わず、こんな方法で言うことを聞かせましょう」というアドバイスは、親を追い詰めるだけです。
いくら言っても聞かないから、イライラして、怒鳴ってしまう。
相手を傷つけてしまう自分を責める痛みに耐えかねて、虐待に至ってしまうこともある。

認知症の方が車を運転して事故を起こすのを防ぐためにキーを隠す選択があるように

子どもが触ってはいけないものは見えないところにしまう。

認知症の方の気持ちを尊重しつつ、ご本人の安全を守るために状況によっては鍵をかけて室内に閉じ込めなければならないことがあるように、

子どもの「自分で決めたい、何でもやってみたい」という気持ちを尊重しつつ、本人の安全や相手にケガをさせないために抱え込んで止めなければならないこともある。

もっと遊びたい気持ちに共感を伝えたうえで、泣いてもめげずに抱き上げて帰ることも大事。

大切なことを教えたのだから、大泣きされても「予防接種と同じ」と思って自分を責めない。

しつけは、自分で自分の気持ちを律する力をつけるためにするものです。
とてもたくさんの体験を積む時間が必要です。
今この場で「言うことを聞く子に育てなければ」と思わなくていい。

どうか、言うことを聞かせられない自分を責めることに大事なエネルギーを消耗しないでください。

18.4.24

「イヤイヤ期」って言い方、変えませんか? ~大人目線のしつけ論から抜け出す「はじめの一歩」~

4月3日 朝日新聞の投書欄に「イヤイヤ期という呼び方を変えよう」という趣旨の私の投稿が掲載されました。これを機に先日取材を受け、昨日(4月21日)の朝刊にこのテーマの記事が出ました。

きっかけは3月25日の朝日新聞に載った「徘徊と呼ばないで」という記事でした。
認知症のご本人が体験を語る場が増え、外からは「徘徊(目的なくふらふら歩きまわる)」と見えても、
「自分は目的があって出かけ、道がわからず怖かった、家に帰らなければと意識していた」
だから、「徘徊していたんじゃない」と。

介助者サイドの印象で使われてきたこの言葉によって、この行動の正しい理解がさまたげられ、当事者の困り感に添った支援をむずかしくしているという説明に「そうだよね!」と思わず声を上げました。

イヤイヤ期も、同じ。大人には、何でも「イヤ、イヤ!」って逆らう「反抗」に見えるけれど、子どもの中で起こっていることは「自分で決める・自分でする(人の言いなりにはならない)」という心理的な自立の第一歩を踏み出したということ。

なのに大人が決めて、従わせようとするから、「イヤ!」って言うことになってしまう。

取材の際、私は「自分で決めたい子どもの気持ちを尊重したかかわり方」についてかなり具体的に話をして、記者の方は熱心にメモを取って行かれたのですが、昨日の記事には全く反映されず、他の専門家のアドバイスとして「大人が決めて、言うことを聞かせる方法」が記されていました。

「呼び方を変えることで、支援の方向性を変えよう」という私の提案の趣旨が伝わらない記事にがっかりすると同時に、このテーマの誤った固定観念の根深さを改めて思い知ったできごとでした。

専門家のアドバイスが、記事で訴えているテーマと真逆の内容であることに記者が気づいていないのです。ご自身も、イヤイヤ期を経験している子育て中のママなのに。

「イヤイヤ期」を、子どもの思いが伝わる表現にしたら、かかわる親の気持ちがずっとラクになると思う。

この素晴らしい発達の1ページに、もっと素敵な名前をつけたい!

ちなみに「徘徊」は、そうした当事者の思いを受け止めて他の表現に変える自治体も出はじめているとのこと。東京都国立市では、「迷ってもいい、安心できる心地よい歩き」という意味の造語「いいあるき」を使って啓発活動をしているそうです。

「心のひとり立ち」や「心のヨチヨチ歩き」といった言葉を私はよく使いますが、この時期を表す「名前」としてはちょっと長すぎるかな?

投書では、「例えば、『ジブンで期』なんてどうでしょう」と書きました。

このコラムを読んでくださった皆さんは、どんなアイデアをお持ちでしょうか?

ぜひ、聞かせてください。

2018.4.21

自己肯定感は自分で高める ~「自分を好きになる本」のご紹介~

「自分が好き!」から始めよう をコンセプトに、このサイトを立ち上げたのは8年前。

子どもの数が減ったことや家電製品の普及などで家事負担が減ったことで、親が「かかわり過ぎる」子育てがとても気になっていました。

過干渉は、「この子のために、よりよく」と一生懸命な親がついやってしまう失敗ですが、子どもが自分で考え、何度でもやってみて、自力で様々な能力をつかみ取っていく機会を奪いますし、「よりよく」を求めて励まされ続けることは「今あるがままの自分」が否定され続けることになるので、自信がない子になりがちです。

もちろん「かかわらな過ぎ」や、理不尽な叱責・拒絶が繰り返される「否定的・攻撃的なかかわり」が子どもの自己肯定感を低くすることは言うまでもありません。

最近は「毒母」という言葉がネット上を駆け巡り、「私はそういう親に育てられたので自己肯定感が低い」とおっしゃる方にしばしば出会うようになりました。

「自分は、そういう親になりたくない」
「わが子は、自己肯定感の高い子に育てたい」

そう思ったら、まずはご自身が、自分の自己肯定感を高めることにエネルギーを注いでください。

それさえできれば、子育ては自然に好ましい方向に向かいます。
それなしには、子どもの自己肯定感を高める育児はできません。

親がどうだったとしても、大人になった今のあなたは、自分の力で自分を育てることができるのです。

「自分を好きになる本」 パット・パルマー 径書房

私も、ことあるごとに何度も何度も読みかえしてきた、大切な一冊です。

2018.3.16

「最高の子育て」って? ~羽生選手の言葉がすてき!~

平昌オリンピックで見事な演技を見せてくれた羽生選手。

受賞後のインタビューで、「常に最高を目指して限界に挑戦してきた羽生選手にとって、今回は難度を落としての挑戦に葛藤があったのではありませんか?」という質問がありました。

「今できることの中での『最高』に挑戦して、達成したので、満足しています」

晴れやかな表情でした。

 

すてきです。

「子育ても同じ!」と思いました。

他の人がどうであれ、ネットに何が書かれていようが、「今の自分ができることの中で最高」を目指して頑張ったのなら、それは「私の金メダル」

夫の協力とか、経済的な事情とか、自身の体力とか経験とか、いろんな事情は一人一人違うのだから、「最高の子育て」も一人一人違う。

親が「今の自分ができることの中で最高」ができたら満足と思えれば、心が安定して、子どもと温かく豊かで楽しい日常を過ごせる。それこそが、子どもには「最高のプレゼント」だと思う。

だって自分が子どもだったら、一番欲しいものはきっとそれだもの。

 

もし羽生選手が、「今できること」の限界を冷静にとらえられず、限界を超えた演技をしようとしたら、どうなっていたでしょう。

失敗してメダルを逃すだけならまだしも、大けがをして再起できないような結果になったかもしれません。

 

「もっとできるはず。できない私はダメ」と、自分で自分を追いつめないでくださいね。

「今の自分ができること」ができているなら、それが最高のこと。

自分が病気や障害でできないことがあったとしても、できることを精一杯しているのなら、それも最高。

うつ病で、15分散歩することが精一杯なら、それも限界への挑戦です。

一歩、一歩、回復に向けて歩き出せたら、それも最高のこと。

 

2018.2.28

毒母をテーマにしたドラマ「明日の約束」から ~死ぬのではなく、「生きて逃げる」選択肢がある~

昨日、「明日の約束」というドラマが終わりました。
視聴率は低かったようなので知らない方も多いと思いますが、大変深い内容に引き込まれ、毎回欠かさず見入りました。
ストーリーは他サイトを検索していただくとして、ここでは最終回に主人公(中学校のスクールカウンセラー)が全校生徒に語りかけた言葉について書こうと思います。

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子育てにつきものの「怒り」を鎮める方法 ~対症療法が効かないときは、元から治す~

昨日の「子育ての相談をよりよく聴くための講座」のテーマは虐待でした。「怒りが湧きあがって止まらない。鎮める方法を教えて!」といった切羽詰まったご相談を受けた体験談が参加者から次々出てきて、このテーマの重要性を改めて感じた一日でした。

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