イヤイヤ期のしつけを考える その3  ~時間になったら〇〇する~

ご飯の支度ができたら、テレビを消してテーブルにつく
出かけると言ったら遊びをやめて素直に出かけ、帰ると言ったら帰る
お風呂の時間になったらおもちゃを片づけ、さっさとお風呂に入る
寝る時間になったら、つべこべ言わずに寝る・・・

そうできたらいいのにね

言っても言っても聞かないから、イライラして、
最後には怒鳴ってしまう
そして・・・後悔する

イライラの中身を、じっくり感じてみてください。
どんな気持ちが詰まっているのかな・・・

  • 「ちゃんとできる親」になれないくやしさ
  • 健診で指導されたりネットで読んだりした「よい育児」をしなければと思うのに、子どもが応じないから私の努力はいつも報われない・・・
  • 無視される怒り
    言葉はわかるはずなのに、どうして聞かないの? バカにしてる? どうせ私はダメ親よ・・・
  • 「ちゃんと育たなかったらどうしよう」という不安
    健康を害したり、成長発達が遅れたりしたら、みんな私の責任・・・
  • 「失敗」する恐怖
    ちゃんとしつけないと将来友達とうまくいかなかったり、事件を起こしたりするかもしれない・・・

いろんな気持ちが押し寄せて、カーッとするのも
ちゃんとやらなければと一生懸命だからこそ、不安が不安を呼んでパニックになるのも
とても自然なことです。
どうぞ自分を責めないで、自分にやさしい言葉をかけてください。

「がんばりたいのに、うまくいかないことばかりで、つらいね」

「もっと遊びたいけど、時間だから終わりにする」といった「欲求をおさえる脳(前頭前野)」が働き始めるのは3歳過ぎと、前のコラムに書きました。

それ以前の子は、自分の欲求のままに行動するので、「~したい」という気持ちを邪魔されると怒ります。

親に逆らっているのではなく、脳の機能として当然なことなのですから、「言うことを聞かない悪い子」として叱るのは筋違いです。

「時間と言われても、やめられないよね」と、やめられない気持ちを認めてあげてから、「でも、もう帰らなくちゃ」と抵抗されても抱き上げ、泣いても帰る時間を守ってください。

「悪いね、気持ちはわかるけど無理なの。協力して」 という気持ちでいれば、自分を責めてつらくなることを避けられます。

では、3歳を過ぎたら「言うことを聞かせるしつけ」ができるかというと、これがまたやっかいで、なかなかうまくいきません。
「がまんする脳」の働きは3歳を過ぎるころから働きはじめ、たくさんの葛藤を経験しながら少しずつ力をつけていきます。

大人でも、やりたいことに夢中になって「寝食を忘れる」ことがあります。
私は今朝、テレビで取り上げていた話題に興味をひかれて、電車の時間が気にかかりながらつい最後まで聞いてしまって、遅刻寸前でした。
推理小説を読んでいて途中で止まらなくなり、夕食の準備が間に合わなくてピザを取ったこともあります。

やめられない、けどやめなくちゃ、けどもうちょっとだけ、もうダメ、でもやりたい・・・そんな、自分の心の中で展開されるバトルは一生続くのです。
「ギリギリの線でなんとかやりくりする術(すべ)」を身につければ、社会で生きていけます。

親子のバトルは疲れます。
子どもの心の中のバトルに目を向けてみましょう。
成長したい意欲に満ちあふれ、まだ経験が少ない子どもが、そうした心の中のバトルをうまくコントロールできないのはしごく当然のことです。

よちよち歩きしていた子がいつの間にか上手に歩くようになったように、子どもの気持ちを大切に受け止めてあげていれば「このままジコチューな人になってしまう」ことはありません。

「いずれ少しずつ上手になる」と信じて、待つ気持ちになれるとよいですね!
信じて、待ってもらえた子は、「自分を信じる力=自信」を手に入れ、自己肯定感が高い子、意欲的に挑戦する子になっていきます。

2018.7.31

イヤイヤ期のしつけを考える その2  ~「食事は座って食べる」を成功させる秘策~

「1~2歳の子が、食事中にすぐ立ち上がってしまう」というご相談も、とてもよく伺います。
対策を考える前に、ぜひ知っておいていただきたいことがあります。それは

「きちんと最後まで(親が食べてほしい量を食べ切るまで)、座って食べる」ことを、「しつけ」としてこの時期の子どもに求めるのは、脳機能の発達段階として不可能  ということです。

私たちは、わき上がる欲求を満たすために即行動する脳を持って生まれてきます。お腹がすけばあらん限りの力で泣き、守ってくれる親の姿が見えなくなれば必死で追いかけ、ほしいものは他者から奪ってでも手に入れる・・・

そのおかげで、何万年の進化の歴史の中、厳しい自然界を生き抜くことができたのです。

最近の脳科学の研究によると、状況を判断して欲求をおさえ、行動をコントロールする脳(前頭前野という部分)が働き始めるのは3歳ごろからだそうです。

ですからそれ以前の子は、食べている途中でも、食べること以上に興味をひかれる何かを見つければ即座にそれをしないではいられません。言い聞かせて、わからせて、座らせておくことはできないのです。

8か月の子に立って歩くように言い聞かせても、歩けないのと同じです。

というわけで今回のテーマ、「座って食べる」を成功させる秘策は、好奇心とやる気に満ちあふれた子どもにとって、食卓が他のどんなことよりうれしく楽しく、おもしろい場になるようにすることです。

チェックしましょう!

  1. 腹ペコで食卓についていますか?
  2. 親が口に運んであげるものとは別に、子どもが自由にできる食べ物が子どもの前に出ていますか?
  3. 何をどのように食べるか、食べないか、子どもの意思で選択できるようにしていますか?
  4. 座っていると手が届かないところにあるものに子どもが興味を示したとき・・・
    その「気持ち」を受けとめ、肯定的に反応していますか?
  5. 親も一緒に食べ、ワクワクする会話がありますか?
  6. ママ自身が、食事を楽しんでいますか?

いかがでしょうか・・・
なかなかむずかしいかもしれませんね。

②をさせると、服や部屋がよごれて後始末が大変かもしれません。
けど、せいぜい数か月で卒業します。

③をやっていると栄養のバランスが悪くなるし、量的に不足するのではないかと不安にもなると思います。
けど、人類の歴史の中でいつでもバランスよく十分な量の食糧を手に入れることができるようになったのはつい最近のこと。私たちはみんな、理想的ではない環境に適応する体の仕組みを持っています。

最大のポイントは、④と⑤です。

たとえば親のおかずをほしがったら、箸で口に運んであげましょう。
アルコールを除けば、この年齢であげてはいけないものはほとんどありません。味や硬さなどが受け入れられなければ、子どもが自分で吐き出しますから経験するのもいいと思います。

「むし歯菌がうつる」と気になる方もいらっしゃるかもしれませんが、箸につくくらいの菌は日ごろのおしゃべりなどで飛び散るしぶきにも含まれています。

ガラスや瀬戸物も、持ちたがるなら持たせてみましょう。乱暴に扱うと割れることは、言っても理解できませんが、経験すれば慎重に扱うようになります。小さなケガも、大きなケガをしないために必要な経験です。

絶対に割られては困る大事な食器とか、タバコやお酒など絶対にダメなものなどは、「手が届かないところ」ではなく「見えないところ」に置きましょう。ダメなことを理解して我慢できる年齢(少なくとも3歳以上)になるまで、少々面倒でも前頭前野が発達している大人が我慢するしかありません。

テレビを見たい、おもちゃで遊びたいなど食事以外のことに関心が行くときは、あえてその話題で盛り上がりましょう。叱って制止しようとすると、かえって執着します。
どんなにそのおもちゃが素敵なのか、そのテレビ番組にどんなに惹かれるのか、とことん楽しく共感を伝えてください。

「~したい」という気持ちは、親に受け取ってもらえると手ばなせることも多いものです。

親との楽しい会話(気持ちのやり取り)が弾んで、おもちゃやテレビより食卓にいる方が楽しくなれば、もうしばらく座っていられます。

それでも「食卓」に飽きたら・・・
食べさせたい量を食べていなくても、快く「ごちそうさま」にしてください。

「快く」が何より大事。
嫌味を言ったり怒りのオーラが出てしまったりすると、ここまでの努力が台無しになります。
あなたはするべきことをちゃんとやったのですから、ダメな親ではありません。

食べ物の不足や偏りは、長く続かなければ発達に支障をきたすことも健康を害することもありません。
体が必要とするものは奪ってでも摂るのが生物の本能ですから、食卓が楽しければ(強制や叱責などで心理的に食べられない状況でなければ)、必要なものを食べない状態が長く続くことはありません。

「大丈夫!」と自分に言って、心はずむ食事場面をつくってください。

2018.7.21

 

 

イヤイヤ期のしつけを考える その1 ~ダメなことって、なんだろう~

「『ダメなものはダメ』と、毅然と叱りましょう」とよく言われます。

一見、明快な言葉です。基本的には正論だと思いますが、親がこの主張を真に受けて(?)そのようにしなければと思い、「ちゃんとしつけよう」と取り組み始めると・・・

数々の疑問や迷いが出てくることを多くの親御さんが経験しているのではないでしょうか?

まず、「ダメなもの」の中身がわかりません。

子どものどんな行動を毅然と叱ってやめさせなければならないのか、よくよく検討しないと子どもの成長発達に欠かせない重要な経験のチャンスを奪うことになるし、ダメなことが多いと叱る親も叱られる子もストレスがたまって、攻撃的になることも少なくありません。

なにより、せっかくの子育てが楽しくなくなってしまうのは、とても残念です。

車道に飛び出す、高い所でもみ合うなどは迷う余地なくダメですが、すべり台を下からのぼる、電気コードをコンセントにさしたがる・・・あたりになると人によって状況によって、判断が違いそうです。

興味を持ったことにチャレンジしたり、
自分の運動能力を試したり、
痛い目にあって危険を体得したり、
いろいろ実験して確かめたり、
失敗を繰り返しながら「できる自分」に出会って、自信のタネを手に入れたり・・・

「大人が『ダメ』と言いたくなること」の中には、「経験」「実感」「達成感」といった宝物を手に入れる材料がいっぱい混ざっています。
せっかくの「やる気の芽」を摘むことは、少ないほうがいいに決まっています。

自分で状況を見て判断する力をつけるには、トラブルを未然に防ぎすぎないほうがいいですし、電気コードは安全な扱い方を教えて親と一緒に何度も抜きさしをさせたほうが、むしろ危なくないかもしれません。

興味を持ったことを途中で「ダメ」と制止されると、「やりたい気持ち」「確かめたい気持ち」が残っているので繰り返ししつこくチャレンジします(その「やる気」に拍手! 将来が楽しみ!!)が、親がいるところで存分にさせてもらえるのなら隠れてする必要がないのでむしろ安全ですし、気がすむまでやりつくすと満足して、次のマイブームに移っていくことも多いものです。

大人にとって心配なことを「どうしたら、やめさせられるか」ではなく、「どうしたら、させてあげられるか」を考えてみてください。

2018.7.20 (昨年「ブランシュシュ」に投稿した記事を再掲)

子どものためのママ友はいらない ~「よい親よりも大切なこと」という本のご紹介~

孫育てに奮闘中の仕事仲間から、こんな話を聞きました。

娘が、「私は、もうママ友をつくろうと思わないことにした」と言うんです。
親としては少し心配だけれど、それでいいのかなとも思う。

すばらしい!
友達は、いつから「つくる」ものになってしまったのでしょう。
本来は、気の合う人に偶然出会ったときに自然発生的に「できる」ものなのに・・・

そんなことを思いながら、以前読んだ素敵な本を思い出しました。

「よい親よりも大切なこと」 小竹めぐみ 小笠原舞 著 新潮社

子どものために“しなくていいこと”こんなにあった! というキャッチフレーズにひかれて、思わず手に取りました。

生活リズムに縛られない
子どもを100%愛そうとしなくていい

などなど、目次を読んでいるだけでホッとする話が満載
「子どものためのママ友はいらない」も、その項目の一つです。

豊富な保育の実体験と、数多くの親御さんの本音に耳を傾けてきた著者の言葉だけに、とても説得力があります。

大好きな1冊です。

2018.5.10

「言うことを聞かせる」しつけは、いらない ~イヤイヤ期の記事が招いた誤解を解くために~

前のコラムに書いた新聞記事がヤフーニュースに載ったために、多くの親御さんに不快な思いをさせてしまったようです。書き込まれた多数のコメントを読んで、胸が詰まりました。

記事は、取材されたときに私が伝えたことと真逆の印象を与える内容になっていて、記者さんには「こういうことを言うから親が追い詰められてしまう」と、記事を読んだ日にメールしました。

私が話したことは一つも記事にならず、話さなかったことが書かれています。

たとえば記事には、私が子どもを叱る親に対して「胸を痛めていた」とありますが、そうではなくて、子どもを理不尽に叱ってしまう自分を責めてつらくなっている親御さんにラクになってほしいとの思いを繰り返し話したのです。

私の名前を出すのなら、事前に内容をチェックさせてほしかった。

 

改めて、私が伝えたかったことを整理して書きます。

認知症の方の「徘徊」と言われる行動は、ご本人の中では目的を持った外出なので「説得して止めるより、安心して歩ける環境を作る」のが本来の支援。

徘徊という呼び方を変えることは、そうした支援の方向を変えるきっかけになる

「頭ごなしにダメと言わず、こんな言い方で説得しましょう」というアドバイスは、家族を追い詰めるだけです。
穏やかに説明しても、いくら言っても説得に応じないからイライラして、怒鳴ってしまう。
相手を傷つけてしまう自分を責める痛みに耐えかねて、虐待に至ってしまうこともある。

イヤイヤ期も、子どもにとっては「自分で決めたい・自分でしたい」という意思表示なので、「大人が決めて、言うことを聞かせるより、子どもがしたいと思ったことをさせてあげられる環境を作る」ほうがいい。

「イヤイヤ期という呼び方を変えたら」という提案は、記事にある「前向きにとらえる」ためではなく、
そうした支援の方向性を変えるきっかけになるのではないかということです

「どうやってやめさせるか」ではなく、「どうしたら、したいことをさせてあげられるか」を考えてほしい。

私が繰り返し話したり、書いたりしてきたことです。

「頭ごなしにダメと言わず、こんな方法で言うことを聞かせましょう」というアドバイスは、親を追い詰めるだけです。
いくら言っても聞かないから、イライラして、怒鳴ってしまう。
相手を傷つけてしまう自分を責める痛みに耐えかねて、虐待に至ってしまうこともある。

認知症の方が車を運転して事故を起こすのを防ぐためにキーを隠す選択があるように

子どもが触ってはいけないものは見えないところにしまう。

認知症の方の気持ちを尊重しつつ、ご本人の安全を守るために状況によっては鍵をかけて室内に閉じ込めなければならないことがあるように、

子どもの「自分で決めたい、何でもやってみたい」という気持ちを尊重しつつ、本人の安全や相手にケガをさせないために抱え込んで止めなければならないこともある。

もっと遊びたい気持ちに共感を伝えたうえで、泣いてもめげずに抱き上げて帰ることも大事。

大切なことを教えたのだから、大泣きされても「予防接種と同じ」と思って自分を責めない。

しつけは、自分で自分の気持ちを律する力をつけるためにするものです。
とてもたくさんの体験を積む時間が必要です。
今この場で「言うことを聞く子に育てなければ」と思わなくていい。

どうか、言うことを聞かせられない自分を責めることに大事なエネルギーを消耗しないでください。

18.4.24

「イヤイヤ期」って言い方、変えませんか? ~大人目線のしつけ論から抜け出す「はじめの一歩」~

4月3日 朝日新聞の投書欄に「イヤイヤ期という呼び方を変えよう」という趣旨の私の投稿が掲載されました。これを機に先日取材を受け、昨日(4月21日)の朝刊にこのテーマの記事が出ました。

きっかけは3月25日の朝日新聞に載った「徘徊と呼ばないで」という記事でした。
認知症のご本人が体験を語る場が増え、外からは「徘徊(目的なくふらふら歩きまわる)」と見えても、
「自分は目的があって出かけ、道がわからず怖かった、家に帰らなければと意識していた」
だから、「徘徊していたんじゃない」と。

介助者サイドの印象で使われてきたこの言葉によって、この行動の正しい理解がさまたげられ、当事者の困り感に添った支援をむずかしくしているという説明に「そうだよね!」と思わず声を上げました。

イヤイヤ期も、同じ。大人には、何でも「イヤ、イヤ!」って逆らう「反抗」に見えるけれど、子どもの中で起こっていることは「自分で決める・自分でする(人の言いなりにはならない)」という心理的な自立の第一歩を踏み出したということ。

なのに大人が決めて、従わせようとするから、「イヤ!」って言うことになってしまう。

取材の際、私は「自分で決めたい子どもの気持ちを尊重したかかわり方」についてかなり具体的に話をして、記者の方は熱心にメモを取って行かれたのですが、昨日の記事には全く反映されず、他の専門家のアドバイスとして「大人が決めて、言うことを聞かせる方法」が記されていました。

「呼び方を変えることで、支援の方向性を変えよう」という私の提案の趣旨が伝わらない記事にがっかりすると同時に、このテーマの誤った固定観念の根深さを改めて思い知ったできごとでした。

専門家のアドバイスが、記事で訴えているテーマと真逆の内容であることに記者が気づいていないのです。ご自身も、イヤイヤ期を経験している子育て中のママなのに。

「イヤイヤ期」を、子どもの思いが伝わる表現にしたら、かかわる親の気持ちがずっとラクになると思う。

この素晴らしい発達の1ページに、もっと素敵な名前をつけたい!

ちなみに「徘徊」は、そうした当事者の思いを受け止めて他の表現に変える自治体も出はじめているとのこと。東京都国立市では、「迷ってもいい、安心できる心地よい歩き」という意味の造語「いいあるき」を使って啓発活動をしているそうです。

「心のひとり立ち」や「心のヨチヨチ歩き」といった言葉を私はよく使いますが、この時期を表す「名前」としてはちょっと長すぎるかな?

投書では、「例えば、『ジブンで期』なんてどうでしょう」と書きました。

このコラムを読んでくださった皆さんは、どんなアイデアをお持ちでしょうか?

ぜひ、聞かせてください。

2018.4.21

自己肯定感は自分で高める ~「自分を好きになる本」のご紹介~

「自分が好き!」から始めよう をコンセプトに、このサイトを立ち上げたのは8年前。

子どもの数が減ったことや家電製品の普及などで家事負担が減ったことで、親が「かかわり過ぎる」子育てがとても気になっていました。

過干渉は、「この子のために、よりよく」と一生懸命な親がついやってしまう失敗ですが、子どもが自分で考え、何度でもやってみて、自力で様々な能力をつかみ取っていく機会を奪いますし、「よりよく」を求めて励まされ続けることは「今あるがままの自分」が否定され続けることになるので、自信がない子になりがちです。

もちろん「かかわらな過ぎ」や、理不尽な叱責・拒絶が繰り返される「否定的・攻撃的なかかわり」が子どもの自己肯定感を低くすることは言うまでもありません。

最近は「毒母」という言葉がネット上を駆け巡り、「私はそういう親に育てられたので自己肯定感が低い」とおっしゃる方にしばしば出会うようになりました。

「自分は、そういう親になりたくない」
「わが子は、自己肯定感の高い子に育てたい」

そう思ったら、まずはご自身が、自分の自己肯定感を高めることにエネルギーを注いでください。

それさえできれば、子育ては自然に好ましい方向に向かいます。
それなしには、子どもの自己肯定感を高める育児はできません。

親がどうだったとしても、大人になった今のあなたは、自分の力で自分を育てることができるのです。

「自分を好きになる本」 パット・パルマー 径書房

私も、ことあるごとに何度も何度も読みかえしてきた、大切な一冊です。

2018.3.16

「最高の子育て」って? ~羽生選手の言葉がすてき!~

平昌オリンピックで見事な演技を見せてくれた羽生選手。

受賞後のインタビューで、「常に最高を目指して限界に挑戦してきた羽生選手にとって、今回は難度を落としての挑戦に葛藤があったのではありませんか?」という質問がありました。

「今できることの中での『最高』に挑戦して、達成したので、満足しています」

晴れやかな表情でした。

 

すてきです。

「子育ても同じ!」と思いました。

他の人がどうであれ、ネットに何が書かれていようが、「今の自分ができることの中で最高」を目指して頑張ったのなら、それは「私の金メダル」

夫の協力とか、経済的な事情とか、自身の体力とか経験とか、いろんな事情は一人一人違うのだから、「最高の子育て」も一人一人違う。

親が「今の自分ができることの中で最高」ができたら満足と思えれば、心が安定して、子どもと温かく豊かで楽しい日常を過ごせる。それこそが、子どもには「最高のプレゼント」だと思う。

だって自分が子どもだったら、一番欲しいものはきっとそれだもの。

 

もし羽生選手が、「今できること」の限界を冷静にとらえられず、限界を超えた演技をしようとしたら、どうなっていたでしょう。

失敗してメダルを逃すだけならまだしも、大けがをして再起できないような結果になったかもしれません。

 

「もっとできるはず。できない私はダメ」と、自分で自分を追いつめないでくださいね。

「今の自分ができること」ができているなら、それが最高のこと。

自分が病気や障害でできないことがあったとしても、できることを精一杯しているのなら、それも最高。

うつ病で、15分散歩することが精一杯なら、それも限界への挑戦です。

一歩、一歩、回復に向けて歩き出せたら、それも最高のこと。

 

2018.2.28

毒母をテーマにしたドラマ「明日の約束」から ~死ぬのではなく、「生きて逃げる」選択肢がある~

昨日、「明日の約束」というドラマが終わりました。
視聴率は低かったようなので知らない方も多いと思いますが、大変深い内容に引き込まれ、毎回欠かさず見入りました。
ストーリーは他サイトを検索していただくとして、ここでは最終回に主人公(中学校のスクールカウンセラー)が全校生徒に語りかけた言葉について書こうと思います。

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