みなさんは、キノコを調理する前に洗いますか? 洗いませんか?
「洗うと味も香りも逃げてしまうので、洗わない」と、料理の専門家が口をそろえて言っているのは知っていますし、私が使うのはスーパーで買うもので、そういうキノコは衛生的な環境で栽培されていることも知っています。


それでも、私はキノコを洗います。


頭が、「洗わないほうが、おいしのに・・・」とささやきますが、「洗わないなんて、ムリ。絶対、ムリ!」と心が抵抗して、頭に勝ち目はありません。
私がさして清潔好きなわけではなく、生活全般はむしろいいかげんなほうですが、それでも食材を洗わないで使うなんて、そんなこと、できるわけがない・・・
「したくない」という心の声に、私は素直に従うことにしています。


頭(理性)と心(感情)の対話って、なかなかおもしろい。
頭で分かっても、心が納得しないことって、けっこうたくさんありますよね。
どの人も、ひとりひとり違う人生を歩いてきました。
たくさんの人と関わり、いろいろな言葉を受け取り、思いがけない「刷り込み」をいっぱい抱え込んで大人になったのですから、ひとりひとり違う感じ方をします。
自分が正しいと思うことを理屈で説得しても、相手を変えることはできません。


「理屈で分かっても、イヤなものはイヤなの」「そう言われても、できない(したくない)」


といった感情の発言に理屈で対応しても、すれ違いの対話が続いてしまいます。
ケンカの多くは、このパターンで起こっています。


心の訴えには心で応える・・・分かっていても、そうはしたくない感じなのよね・・・そうか・・・


そんなふうに寄り添ってもらえると、相手は冷静に理性と感情の折り合いをつける作業を始めることができます。


キノコの風味が少々失われるくらいの犠牲なら、私が「洗いたい」気持ちの方を優先する選択をしてもどうということはありません。でももし夫が、「絶対洗わないで調理するべき」と言い張ってケンカになってしまうようなら、「夫とのよい関係をこわしてでも優先したいことなの?」という調整が始まるかもしれません。
(幸い我が家は、夫も「洗いたい派」だったので、二人でおおいに共感し合いました)


体罰やいじめ、虐待など、イケナイことは分かっているのに、したくないのに、止められなくて苦しんでいる人の心の訴えに、心で向き合える人がいっぱいいる社会を創りたい。
私にできることは小さな小さなことですけれど、小さなことの積み重ねがいつかどこかで、何かの足しになれたら、うれしいと思う。
そんな、今日このごろの私です。



2013.9.7