震災から3年目の3月11日
昨日は、終日震災関連の報道が続きました。
この日に生まれた赤ちゃんが、今は3歳になり、笑顔いっぱいで元気に走り回っている・・・
3年という時間を、しみじみ感じる映像でした。
でもこの日に赤ちゃんを得たご両親は、その誕生を喜ぶには抵抗があったとおっしゃっていました。
たくさんの命が失われ、多くの人が悲嘆にくれているときに「自分たちだけ幸福を感じてよいのか」といった罪悪感との葛藤があったようです。

大切な人や物などの喪失に伴う深い悲しみを、グリーフといいます。
悲しみを味わい尽くし、回復していく心の作業がグリーフワークです。
そして周囲の人は、その過程に寄り添い支えるグリーフケアを担います。
人は、誰かに見守られつつ悲しみを悲しみ尽くすと、自分の力で回復に向かうことができます。支援者はその日がいつか来ることを信じて、ひたすら寄り添うことに徹します。安易な励ましや気休めの言葉は、むしろ相手を傷つけることを忘れてはなりません。

支援者が一番むずかしいと感じるのは、相手が回復に向かい始めた段階で起こる「回復してよいのか」という葛藤に向き合うときかもしれません。
四六時中その人のことが頭を離れなかった時期を過ぎ、少しずつ大切な人がいない生活に慣れて普通の日常生活が戻ることは、その人を「忘れている」時間が増えることでもありますから、忘れていた自分を責め、「忘れてはならない」という思いに揺れ動くことになります。とりわけその人の死に「あのとき自分がこうしていれば」といった罪悪感を抱えている方は、「だから自分が幸せになってはならない」「忘れて元気になることは許されない」という無意識の声との葛藤に苦しんでおられます。

どんなに「忘れている」時間が増えたとしても、忘れ去ることなどできるはずがありません。
「忘れている時間があってもいい。忘れても、忘れない」と、ご本人自身がおだやかに言える日が来るまで、支援者も「役に立てない感じ」に耐えて「ただそばにいる」力を身に着ける必要があるのだと思います。

2014.3.12