少し前の話になりますが、7月8日の朝日新聞に「子どもを叱ったら虐待ですか?」という
投書が載りました。

皆さんは、駅構内で幼児を罵倒し頭を蹴り倒す母親の映像がフェイスブックに投稿され、膨大な反響がネット上を駆けめぐったことをご存知でしょうか? 
私は動画自体は見ていません(見ようと思えば見られたわけですが、見ようと思いませんでした)が、ネット上の解説によると、泣き叫ぶ幼児に執拗に暴言・暴力を加え続ける母親に、居合わせた人が「これは虐待ですよ」と言って通り過ぎる・・・という内容だそうです。

投稿者はこの話題に触れ、「子どもを叱ったら虐待ですか?」と問いかけたのです。
投稿者にも子どもがあり、レストランで子どもが騒いで他の方に迷惑だったので、外へ出て叱ったそうです。体罰で。
「通りがかった人にこれが虐待だと言われたら、親は必要なしつけもできなくなってしまう」というのが、投書の趣旨でした。

そして7月13日、この投書に対する反響が3本掲載されました。
公共の場で騒ぐ子をきちんと叱れない親が多い中、投書の母親はよくがんばっている ― といった内容で、母親の体罰を容認(もしかすると賞賛)するものです。
これを読んで、私は強い違和感を覚えると同時に、とても悲しい気持ちになりました。
居ても立ってもいられず、すぐに反響に対する反響を投稿しましたが、採用には至らなかったようです。このコラムに朝日新聞ほどの影響力はありませんが、このままにはできない気持ちなので、その思いを改めてここに書き留めておこうと思います。

子どもを時に厳しく叱ることは必要ですが、「だから体罰をしてもいい」ことにはなりません。体罰より有効な叱り方が、いくらでもあるからです。
 もしあなたがパン屋さんで、店先のパンを盗んだ子が何日も食事をしていないことを知ったらどうするでしょうか? その盗みを許してパンを与えたとしても、「それでも盗んではいけない」と教えないでしょうか? 盗まなくても生きていけるように、支援機関につなぐことも必要でしょう。
 最初の投稿の母親は公共の場で騒ぐ子の扱いに困り、切羽詰まって手をあげたのかもしれません。周囲の人は、一生懸命だからこそそうならざるを得なかった母親を責めないで、いたわってほしいと思います。でも体罰はしないほうがいいことも伝え、つい手が出てしまう根っこ(たぶんご自身が以前受けた傷つき)をケアするために支援機関を訪ね、相談することや体罰によらない叱り方を学ぶことを勧めてほしい。
 体罰は子どもの心を傷つけるだけでなく、してしまった親自身が自分を責めて深く傷つき、痛さのあまり怒りがエスカレートすることも多いのです。しつけのつもりが虐待に至ってしまわないうちに、子どもの心とからだを守ると同時にがんばっている母親たちを肯定的に支える地域の力が必要です。


最初の投稿者も、反響の投稿をした方々も、発端になった動画の内容が命にかかわるほどの激しい暴力だったことは知らなかったのかもしれません。
この様子を撮影してフェイスブックに投稿した人は、どうすることもできない自分がいたたまれず、「何かしなければ」とやはり切羽詰まって撮影・投稿という行動に至ったようです。
私自身、親による体罰の現場に居合わせて何もできず、ただ顔をしかめて通り過ぎたことが何度もあります。今回朝日新聞に投書を書かずにはいられなかった私の根っこには、そのうしろめたさがあるのかもしれません。講演の機会や依頼原稿などで、私がこのテーマを一生懸命話すのも、きっと同様なのでしょう。
「私は、私ができることをする」と自分に言って、前に進むよりありません。

そうは言っても、もし私が、フェイスブックに投稿された動画のような場面(取りあえず今、子どもの命を守らなければならない)に遭遇したら、どうするだろう・・・
母親を責めるような言葉をかけるのは、火に油を注ぐことになって危険です。
間に入って子どもを抱え、「もうしないで! 死んじゃうよ」と言って母親のケリを背中で受け止める・・・ そのあとで、もし母親が我に返り、落ち着いて話せそうな状況になったら、母親の気持ちを聴いてしっかり受け止め、相談機関に行くことを勧める・・・
イメージトレーニングをしておいたら、そんな風にできるだろうか・・・
むずかしいだろうな

そんなことを思っているうちに、昔のことを思い出しました。
長男が小学生のころ、学童保育の夏のキャンプでのできごとです。
親は、自分の子がいない班の世話役を担当する仕組みでした。
野外で昼食の支度中に、用事ができてちょっとグループを離れていた時、「永瀬さん、大変! 早く来て」と他の母親が呼びに来ました。もどってみると、私の班の子を別の班を担当しているはずの母親が激しく叱っているのです。
「どうしてほかの子のようにテキパキ動けないの! ぼーっと立ってるんじゃないの!」 「何でその服を着てるの! ママは新しいTシャツを何枚もリュックに入れておいたはずよ!」
子どもは無言で、されるがままに叩かれていました。
見た瞬間に、からだが動きました。子どもを抱え、「ごめんなさい。私の責任です。私がちゃんと伝えていなかったのです」と言っていました。
母親の動きが止まったところで、「もう大丈夫です。あとは私が言い聞かせますから」と静かに言うと、彼女は何も言わずに自分が担当する班に戻って行きました。

夜になって、なかなか寝付けないその子に「あなたはいい子、あなたが悪いんじゃない」と話しました。子どもたちが寝ついた後、父親からも相談がありました。妻を責めないで、支えてあげてほしいというような話をしたと思います。母親も、つらいのです。
完ぺきでない子を他の親に託すことは、ちゃんと育てられない自分が批判的な目で見られているような不安を掻き立てたのかもしれません。その方ご自身が、完ぺきを求めて叱られることの多い環境で育ったのかもしれません。


通りすがりの他人ではなく、その子(うちの班の子)に責任があるという役割があったから、一瞬の迷いもなく子どもを守る行動に出ていました。街中だったら・・・
自信はありません。

2014.7.26