8月24日のNHKの番組「あさイチ」で紹介されたケースです。
ママが「下の子はまだ小さくて分からないのに、叩くなんて絶対ダメ。謝りなさい」と言うと、お姉ちゃんは大泣きで断固として謝らない。
するとパパが下の子を抱いて頭を下げ、「お姉ちゃんの大事なものを勝手に使ってごめんなさい」と、姉に謝ったというのです。
「下の子がお姉ちゃんのものを取ったのが悪いのだから、悪い方が謝るのが当然」というパパの意見にママが猛反発。
「それでは小さな子に意地悪してもいいんだと思ってしまう。ここは厳しく叱るべき。パパに厳しく叱ってほしいのに、自分ばかり叱り役になってしまうのがイヤ」


このご相談、私もよく伺います。
下の子に悪気はない(「自分の物・人の物」という概念がまだなく、ただ興味があったから触ったりなめたりしただけ)のですし、お姉ちゃんは「もう3歳」なのですから「ちゃんとしつけるべき」と思うママの気持ちは理解できます。
ですが「まだ3歳」のお姉ちゃんの気持ちを考えると、パパの対応も「いいな~」と思いました。大事な物を取られて「謝ってほしいのはこっちの方よ!」という気持ち、わかってもらえてどんなにホッとしたことでしょう。

もちろん自分の大事な物を取られても「叩く」という方法で解決してはいけない(もし3歳同士というような対等の関係であったとしても)ことは、根気よく教えていかなければならない大事なしつけだと思います。「弱いものを思いやり、許してあげられるやさしい子になってほしい」というママの願いも、もちろん夫婦の間で大切にしていかなければならないものでしょう。

でもママのやりかただと、お姉ちゃんの心の中は「自然に湧きあがる気持ちを頭ごなしに否定された理不尽さに対する怒り」でいっぱいになって、やさしい気持ちになんてなれないかもしれません。
パパのやり方でお姉ちゃんの心がホッとしたところで、「どんな理由があっても叩くのはダメ」と教える方が、受け入れられるのではないでしょうか。
「これは○○ちゃんの大事なものだものね。△△が勝手に使ったらいやだよね。でもね、△△は赤ちゃんだからまだわからなくてやっちゃったんだ。許してくれる?」
そんな風にやさしく言ってもらうほうが、お姉ちゃんもやさしい気持ちになれるような気がします。

「叩く」という行動を認めることと、「思わず叩かないではいられないほどイヤだった気持ち」を認めることは、全く別のことです。
大人でも経験があると思いますが、どうにも収まらない怒りを感じているとき、だれかがじっくり聴いてくれて、気持ちを分かってもらえた感じがするとフッと力が抜け、「まあ、いいか」と思えたりします。攻撃的な気持ちは、認めてもらえれば手放すことができて、攻撃的な行動をする必要がなくなります。攻撃したいのは、相手に認めさせたい(自分の気持ちを分かってほしい)からですから。

ただ、このようにご夫婦の意見がぶつかってしまったとき、「どちらが正しいか」の議論はしないでほしいのです。「正しさ」の主張ではなく「どう感じるか」、気持ちを伝える言葉をたくさん使って話し合いましょう。

ママが「厳しくしつけるべき」と思うのにはそれなりの理由があって、「私は厳しくしつけられた」と繰り返しおっしゃっていたのが、「分かってよ!」というママの悲鳴にも似た叫びのように私には聞こえました。
ママ自身が、自然に湧きあがる子どもらしい欲求を認めてもらえず、理不尽にがまんを強いられる体験をたくさん積み上げてきたのかもしれません。
子どもは親に世話してもらわないと生きていけませんから、親の言うことを受け入れ、自分のありのままの気持ちを封印する生き方を選んできたのかもしれません。
もしそうなら、パパに受容してもらえる娘に嫉妬したり、八つ当たりしたくなったりするのは自然なことです。

お互いの「正しさ」を主張し合うのではなくて、お互いがどんな気持ちなのか、思いやりを持って「心の声」を聴き合ってみてください。
このケースなら、パパがお嬢さんにしてあげたようなやさしさでママにも受容的な言葉をかけてあげてほしい。
そうしたらママは、自分の中にいる子どものころの自分(気持ちをわかってもらえなくて、傷ついている自分)に、「いやだったね」「わかってほしかったね」とやさしく声をかけてあげられるようになると思う。
子どもの気持ちを認めたいと思うパパの気持ちをママが受け入れるには、その作業が必要なのです。
「弱いものにやさしくできる子に育ってほしい」という願いは、パパもママも一緒のはず。そこに気づけば、きっとおだやかに話し合えると思います。

2015.8.26