イヤイヤ期のしつけを考える  その4  ~おもちゃの貸し借り~

この時期の子どもの心は発達段階としてみんな自己中心なので、おもちゃの奪い合いは日常茶飯事。
これまでのコラムで繰り返し書いてきたように、わきあがる欲求をおさえる脳機能が働き始めるのが3歳過ぎです。それ以前の子の脳は欲求のままに即行動するように働くのですから、「貸して」「どうぞ」を求めるのは無茶というもの。
8か月の子に「ハイハイしてはダメ。立って歩きなさい」と言い聞かせ、「いくら言ってもできない」と悩むようなもので、親も子も傷つき、疲れ、攻撃的になりがちです。

とはいえ、日々繰り返されるこのトラブルに「親が何もしないわけにはいかない」のも現実ですね。
親がこの時期の子にしてほしいことを「言い聞かせて、させる」のは無理なので、対応策は「子どもの心に『貸してあげたい』という欲求がわきあがるようにする」しかありません。

離乳食の頃、子どもが自分の食べ物を親に食べさせようとすることがありませんでしたか?
はじめは親が子に食べさせる一方ですが、いつの間にか自分で食べようとするようになり、ある日、親が自分にしたように自分が親に食べさせてあげようとする姿が見られるようになります。

子どもの中には「大人のようにしたい」という熱くて強い欲求がありますから、親が自分にすることを自分がしたくなる(親の立場に自分を置いてみる)日がいずれ必ずやってきます。
してほしいことは、してあげればいいのです。たとえば・・・

遠くの物を取ろうとしてテーブルに上ってしまうわが子に、「これがほしいの? ハイ、どうぞ」と渡してあげたり

親が使っている鉛筆を子どもがほしがったら「今はママが使ってるんだけどな。しょうがない、貸してあげるよ。ママはあとで書く(または別ので書く)からいいよ」と言ってみたり

そんな体験をいっぱいするうちに、「してもらう」うれしさが「してあげたい」気持ちに火をつけます。
初めのうちは、どうでもいいものは貸してくれるけれど自分にとって大事なものは貸せません。
「自分だって使いたい」という葛藤に自分で折り合いをつけて「貸してあげる」ことができるまでには、とても時間がかかります。

わが子の「貸せない気持ち」を受け止めて、待ってあげてほしい。
それこそが、「相手の気持ちを考えて、やさしくする」お手本だから。

考えてみれば大人だって、大事なものは貸してあげられないことがあります。
「貸して」と言われたら、いつでも貸さなければならないわけでもありません。
きちんと“NO”が言えることは、社会生活を営む上でとても大事なスキルです。

子どものおもちゃは、大人の目にはささいなものだったり、「たくさんあるんだから、ひとつくらいいいじゃない」と思えたりするものでも、子どもにとってはものすごく大事なものなのです。ひとつでも欠けたら、自分の中の想像の世界が一気に崩壊してしまう感覚すら持っているかもしれません。

もちろん、だからと言って相手を押し倒したり、叩いたり噛んだりする行為は許されません。
「取られてイヤだったの? 今は〇〇が~を作っているんだものね」とか
「壊されるかと思って、びっくりしたね」とか、子どもの気持ちを認めて代弁したうえで、

「でも、小さい子を押さないで。転んだら痛いよ」とか
「どんなにイヤでも、叩くのは絶対ダメ!」とか、してはいけない行動だけを叱ります

落ち着いて話を聞ける状態なら、言葉で交渉する方法を知る機会にするのもよいと思います(相手の気持ちに配慮して、自分で交渉できるようになるのはまだまだ先のことですが、「予習」になります)。

「でも、△△ちゃんも使いたいんだって。ひとつ貸してあげられる?」とたずねたり,逆の立場なら

「それがとっても気になったのね。でも勝手に取ったらお兄ちゃんもイヤだよ。貸してって、お願いしてみようか」とか

どのパターンも基本は疑問形で、決めつけや命令形はNG。
親の願いと違っていても、あくまでも本人の気持ちを尊重します。

「ごめんね、今はまだ貸せないんだって。少し待ってくれる?」「ほかのでもいい?」などと、親が相手の子に伝えて、言葉で交渉する実例を見せます。

自分の気持ちを大切にしてもらう経験を積むことが、相手の気持ちを大切にできるようになるために一番重要なステップです。
相手の親の手前「そんなことは言えない」と思われるかもしれませんが、大多数の親はそうした対応を不適切とは受け止めません。

「親が自分にしてくれたように、自分も他の子にやさしくしてあげたい(大人のようにできたら、カッコいい)」「けど、今はこれが絶対必要」「絶対、邪魔されたくない」・・・

何度も何度もそんな葛藤をくりかえして、だんだん自分の気持ちを制御する力をつけ、自分の意思で貸してあげられる日がやってきます。

その時が来るまで待ってもらえたら、子どもは「してあげられる自分」への誇らしさや達成感といった「いい気分」を体験して、もっとしてあげたくなるので、自分の気持ちを大切にしつつも相手を思いやることができる優しい子に育ちます。

まだ貸せない気持ちでいっぱいの時に、親の意向に沿って貸してしまうことを繰り返せば、わかってもらえないくやしさや悲しみが積もって攻撃的になったり、いつも周囲の顔色をうかがって本当の自分の気持ちがわからなくなったりして、他者とよい関係を築くことが苦手な子になってしまうことがあります。

「人の痛みがわかる子に育てなければ」という親の願いが、裏目に出てしまっては残念です。

急がば回れ!!

2018.8.27 (別サイト「ブランシュシュ」で連載した記事を再掲しています)