喪失感

今日は年度末最後の日。
様々な人の動き、制度の切り替えなど、いろんな「変化」が立て続けに起こって、心がざわつく季節ですね。
私の職場でも、幾人もの大切な同僚との別れがありました。

そして私自身も、昨日までの居場所を失いました。
現象としては「部屋を代わるだけ」ですが、「そこに居る」ことに付随するいろいろな意味をどうしても考えてしまいますし、「もう、そこに居られない」という現実に向き合うと、鼓動が速くなって胸に詰まるような苦しい感覚がおそってきます。
そこが、とても居心地がよかったというわけでもなく、むしろ不安な部分もたくさんあったので、そこを去るにあたって「安堵感」があることも事実です。部屋を代わるだけで、同じ職場の中です。新しい居場所で、私だからできる仕事を私らしく展開してみようという、ゆるやかな決意もあります。新しい居場所が、居心地のよいものになるかどうかは私の気持ち次第なのだということも分かっています。
それでもなお、昨日までそこにいたこと、そこに居るということによって得ていた大きな何かを失う感覚は、もうそこに居ることを許されない、そこに居ることを拒否されたような寂しさやむなしさ、そして怒り・・・そうした諸々の感情をひきおこし、どうにもこうにも止めようもなく私をおそってきます。

「誰かに会いたい。この気持ちを話したい」と思った時、いくつかの顔が浮かびましたが、結局誰にも会いませんでした。今はこの感情にどっぷりと浸って、とことん感じ切ってみようという感じです。
ゲシュタルトセラピスト養成特訓というワークショップに、ここ2年ほぼ毎月通って自分と話し合ってきた、これが修業の成果なのかもしれません。

がんばれ、わたし!

(2012.3.31)