「私の原点」といえる二つのケース

最初なので、「私の原点」といえる二つのケースをご紹介しようと思います。
失敗体験と成功体験、どちらも私が育児相談の仕事を続ける原動力になっています。

■暑い! 脱いでも大丈夫?

今から28年前、電話相談の仕事をはじめてまだ間もない頃のことです。
4月だったと思います。肌寒いような日が続いた後、急に夏のように暑くなった日のお昼前、その方は低い声でおっしゃいました。
「いつも子どもをおぶって、ねんねこ(注)を着ているんですけど・・・今日はすごく暑いんですけど・・・どうしたらいいかと思って・・・」
私は思わず笑って
「暑かったら、脱げばいいじゃないですか」と言ったのです。
わずかな沈黙があって
「私は、初めての子で、急に脱ぐのが心配だから相談したのに、あなたは笑った」
荒い息づかいで、とても怒っていらっしゃることが伝わってきます。あわてました。
「ごめんなさい。そうですよね、こんな風に急にお天気が変わると、どうしようと思いますよね。急に薄着になっても大丈夫か、ご心配なのですね。赤ちゃんはどんな様子ですか?」
「赤い顔で汗をかいているのですね。それなら赤ちゃんも暑いのでしょうね。ためしに脱いでみて、様子を見てみたらどうでしょう。ご機嫌で手足を活発に動かしたりしていれば大丈夫とわかるし、からだが冷たいとか元気がなくなるような様子なら、薄手のバスタオルなどをかけてあげてもいいかもしれませんね」
相手が怒ってくれたので、私は謝罪して続きのお話しをうかがうことができましたが、もしそのまま受話器を置かれてしまえば、相手を深く傷つけたままになるところでした。
相談者は、「こんなことを聞いてもよいのか」とか、「聞いたらバカにされないか」とか、いろいろ考え迷ったのかもしれません。
それでもどうしても心配で、一大決心で電話したのかもしれません。
どんなにささいに見えることでも、その方にとってはとても重要なことなのです。
途切れがちなオドオドした口調に不安そうな雰囲気を感じていたのに、笑った自分を恥じました。
自分のモノサシで測らず、ていねいに聴かなければと肝に銘じたできごとでした。
(注 ねんねこ:赤ちゃんをおぶった上から羽織る着物状の上着)

■産後、原因不明の「めまい」が続く

これも駆け出し時代に経験したご相談です。お子さんは2歳になり、元気に育っているのですが、子どもを産んでからお母さんがたびたび「めまい」の症状におそわれ、あちこち受診しても「どこも悪くない」と言われるとのことでした。
出産時の様子をうかがいましたが妊娠・分娩の経過は順調でした。
ただ、産後どちらの両親にも手伝ってもらえない事情があって、退院の翌日から自分で家事育児をしていたそうです。
「初めての赤ちゃんを抱えて、ひとりでは大変だったでしょう。がんばったのですね」と言うと、その頃どれだけがんばったかを話してくださいました。
「欧米では退院も早いし、家に帰ったあとは全部夫婦でするのが普通で、早く動いた方が産後の回復にもいいと言われているのですけれど、日本では親に手伝ってもらう人が多いですものね。○○さんは誰にも甘えないで、全部ご自分でなさったのですね。ずいぶんがんばったんだなと思います」
「そうなんです。ゴミを出しに行ったら、近所のおばさんに、『まだ退院して1週間でしょう。大丈夫なの?』とか言われたりして・・・」
と言ったあとに、ハッと息をのむ感じがあって
「そのとき、『めまいとか、しない?』って言われたんです・・・そうか! そのせいだったんだ」

電話相談は継続性がないので、その後のことはわかりません。
でも、からだの異常が見当たらないとすれば心理的な要因 <がんばったこと、がんばっていることを認めてほしい、自分だって本当は甘えたい・・・>
言葉に出せないそんな思いが症状につながっていたかもしれません。
相談者は自分でそのことに気づき、すごく納得した様子で電話を切りました。
私はあっ気にとられたような感じで、少しの間ボォーとしてしまいました。
初めて、相談者の役に立てたと感じた瞬間でした。
答えは相談者の中にあるのです。支援者は、正解を考えて教えてあげるのではなくて、ご本人が自分で見つけるのを手伝うだけ。「相談者には自分で解決する力がある」と信じられれば、余計なことを言わないで待つことができます。

(2009年9月20日)