日々の報道に接して、あまりのことに胸が詰まる思いです。
理不尽に執拗に傷つけられ、奪われた少年の命
どれほどの恐怖と絶望感の中で逝ったのでしょう・・・
本当につらく、悲しいできごとに絶句するしかなかった何日かを過ごして、
私は今、私ができる限りのことをしなければとの思いを新たにしています。
こんなことが起こらない社会をつくるために、私ができることを一生懸命することが、私自身の気持ちを立て直す唯一の方法だと感じています。

報道で知る限り、上村君には一点の否も見当たりません。
だとすれば、加害者が彼を傷つけたのは「八つ当たり」以外の何ものでもありません。
他の誰かに対する怒りや、鬱憤や悲しみやコンプレックスや・・・誰にも理解されず、受け止めてもらえなかった諸々の感情が積もり積もって、あふれ出してしまった末の暴行だったのでしょう。
誰からも「あなたが大事」というメッセージをもらうことができなかったのかもしれません。
加害少年もまた、被害者だったのだと思います。

もちろん、だから他者を傷つけてもよいわけではありません。
犯した罪は重く、生涯をかけて償わなければならないものでしょう。
それでも私は、彼らを生み出した社会を形成する大人のひとりとして、重い責任を感じるのです。
子どもたちは、生命尊重や思いやりを求められる前に、無条件に愛され「あなたが大事」というメッセージを受け取らなければなりません。
子どもらしい欲求や願いが認められず、人としての尊厳を否定され粗末に扱われてきた人に「他者を大切にしろ」と言うのは酷ですし、そういう人が「大切にしてもらえる人」を見ると無意識に怒りが込み上げてしまうのは自然なことかもしれません。
いじめも虐待も、モラルハラスメントもDVも、根っこは似た構造で起こる「八つ当たり」に見えます。

彼らを心から愛し大切に育てることがむずかしかった親や、その親を支え切ることができなかった社会に目を向けた対策を考えなければなりません。
彼らを憎み、攻撃するだけでは何も解決しないし、同様の事件が続いてしまうと思うのです。

私は、子育て支援に携わる者として、私ができることを一生懸命にやって行こうと思います。私ができることはとても小さなことだけれど、とてもたくさんの人が小さなことに本気で取り組んだら、きっと大きな力になって、いつか社会は変わっていくと信じています。

2015.2.26