小柄でも、こだわりが強くても、多動で、コミュニケーションが苦手でも

イチロー選手の引退会見、すてきでしたね。

小柄でも、こだわりが強くても、多動でも、コミュニケーションが苦手でも、彼が素晴らしい人生を歩んでいることを誰も否定できないでしょう。

私は地元の子育てひろばで相談を受けていますが、お子さんが小柄だとか、こだわりが強いとか、多動とかコミュニケーションが苦手とか、そういうお話をよく伺います。つまり、そういうことが心配で、「何とかしたい(変えたい)」と思われている方が結構多いのです。

いじめや不登校を恐れたり、社会でうまくやっていけるようにと願ったり、幸せな将来を想うからこその親心なのですけれど、でも、親が「変えたい(もっと~になってほしい)」と一生懸命になると、子どもはありのままの自分を認めてもらえないので自信がなく、チャレンジを恐れ、人からどう思われるかが気になって自己表現ができないとか、そういう方向に行きがちです。

それって、イチロー選手の真逆のこと。彼が育った環境には、きっと「そのままのあなたがOK」というかかわり方をする大人がたくさんいたのでしょう。

さかなクンの親御さんが「絵が好きで、さかなが好きなんだから、それでいい」と、悠然としてた話も有名ですし、黒柳徹子さんの自伝「窓ぎわのトットちゃん」に出てくる大人たちもそんな感じ。

子どもの幸せを願うなら、親ができることはただ一つ。
ありのままのその子を認めて、自分を信じる力がある子に育てること。
そうすれば、子どもは自分の力で人生を切り開くことができる。

イチロー選手の言葉が、それを信じる力を与えてくれる気がします。

2019.3.25

「当事者」の気持ちはわからない けれど ~元被害児であったであろう虐待加害者を想う~

毎日のように続く児童虐待のニュース、そして8年目を迎える震災と原発事故を取り上げた番組…
当事者ではない私にできることは何か、私はどう生きるべきか、考える日々です。

今朝のNHKの番組「目撃!にっぽん」で、福島第一原発から30キロの土地に3年前開校したふたば未来高校演劇部の取り組みが紹介されました。

「訪問者では本当のことは分からない」と、今は南相馬市に在住する作家 柳美里さんが脚本と演出を手がけ、高校生たちと丁寧な対話を繰り返しながら「震災の記憶」を紡ぐ劇を作り上げていく過程を追う内容で、大変感慨深い番組でした。

部員の中で唯一被災していない生徒の葛藤に寄り添う柳美里さんの言葉が、強く印象に残りました。

「友達はみな、とてもつらい体験をしている。当事者ではない自分が、この劇で何かを語ってもいいのか」と問われて、「私は、あなたも当事者だと思っている。遠く離れているからこそ、誰よりも強く被災者の気持ちを分かりたいと思っているから」

私自身が、励まされる思いでした。
「その人の気持ちを分かりたい」と強く思う心… それなら、私も持っている。
その人の気持ちは、到底分からないのかもしれないけれど、「分かりたい」と思い続けること、
「分かろう」と努力し続けることなら私にもできる。

「子どもが殴られれば、自分は殴られずに済むと思った」という母親の言葉は、私には、見ているしかなかった自分を責める悲痛な叫びに聞こえました。
激しい暴行が止まらなかった父親は、もちろん許されるものではありません。
それでも、「彼もきっとやられていたのだろう。彼もまた、誰にも助けてもらえなかったのだろう」と思わないではいられません。

被害児を加害者にしないために、「分かろうとする人」がたくさんいる社会を目指して、私は、私ができることをする。それがすべて。

2019.3.10

心愛さん、ごめんなさい

あなたのSOSを、ちゃんと受け止め、救出につなぐことができなかった大人のひとりとして、心からお詫びします。

なんの落ち度もないあなたの命が、こんなに寒い夜に冷水をかけられ、理不尽な暴言を浴びせられながら消えていかなければならなかった現実に、どうしようもない悲しみが襲ってきます。

あなたが苦しんでいることを、たくさんの大人が知っていたのに。

私があなたのお家の近くに住んでいて、あなたの叫び声を聞くことができたら
私があなたの学校の先生の話を聴ける友達だったら
私があなたのお母さんとお話しできたら

あなたや、あなたを直接救うことができたかもしれない大人たちと、まったく接点がない私に、できることは何でしょうか?

あなたの役には立てなかったけれど、私がこれから接することができる誰かを、一生懸命サポートすると約束します。

あなたのように苦しんでいるほかの誰かが、ちゃんと助けてくれる大人と出会えるように、一生懸命話を聴いて行動を起こせる人がいっぱいいる社会にするために、私は私のできることをします。
どうぞ、見ていてください。

心愛さんが通っていた学校や、市役所、市の教育委員会などに、抗議や苦情の電話・メールが殺到しているという報道を見て、とても残念です。

多くの方がこの出来事に強い怒りを感じ、関係者を糾弾しないではいられなかった、その気持ちは理解できます。
それでも、怒りを投げつけるだけでは何も変わりません。

このどうしようもない現実を変えるために、怒っている人みんなが当事者意識をもって、自分ができることを探し、「何か」をしてほしい。

怒りのエネルギーを、誰かを責めるためではなく、世の中を変えるために使ってほしい。小さな小さなことでも、たくさんの人が「何か」をしたら、きっと何かが変わると信じたい。

2019.2.1