清原元プロ野球選手の逮捕に、心が痛みます。
覚せい剤は、使用する本人の心とからだを傷つけるだけでなく、事件や事故を起こして他者を傷つける恐れがあるうえ反社会的勢力の資金源となることなどから、厳しく取り締まるのはもちろん大切なことです。
ですが、薬物依存に陥るにはそれなりの理由があるのですから、薬物を所持したり使用したりした人を「罰する」だけでは再犯を止められず、安全な社会にはならないように思います。

上村君を殺害してしまった19歳の少年の裁判では、「被告は虐待に通じるしつけを受けて育ち、親に共感してもらう体験がなかったために共感性が乏しい」との弁護側証人の見解が報じられています。
どんな事情があっても、人を殺める行為が許されるものではないことは言うまでもありません。
ですが、その少年に重い刑を科して罰することで再犯を防げるでしょうか・・・

3歳児と目が合って、「睨まれた」「バカにされた」と感じて暴行に走った20歳の男性は、いったいどれほどのコンプレックスを抱えて20年の歳月を生きてきたのでしょう・・・
わずか3歳で逝った子どもの痛みと絶望感に思いをはせ、涙がこみ上げました。もちろん、許されることではありません。
でも・・・ 加害者もまた被害者ではなかったのかと思わずにはいられない私がいます。

親からもらいそこねた優しさや、共感され支えられる安心感を「他の誰か」からたっぷりもらえた人は、自分も他者も大切にすることができます。
攻撃的な親も、支援者の受容的・共感的なかかわりを通して自分に優しくなれると、子どもと受容的・共感的にかかわれるようになります。

罪を犯した人を厳しく罰するだけの社会は、子どもを厳しく罰してしつける親と同じことをしているのかもしれません。罰するだけで、支援する体制が乏しい社会が、共感性の乏しい大人を生み出しているのかもしれません。

この社会を構成する一人の大人として、私ができることはなんだろう・・・
ただ一生懸命考え、行動する。
それが、私の使命だと思うから。

2016.2.4